古文真宝粋と蘭亭序二種
2020.09.29
左から、古文真宝粋(簡野編)(ISBN 4-625-35013-1)(ISBN13 978-4625350139)、蘭亭序二種(筒井編)(ISBN 978-4-88715-310-3)
 
漢文と書道の教科書として、千年以上の歴史を持つ定番中の定番、古文真宝粋と蘭亭序です。

まず古文真宝粋は名前の通り、13世紀に成立したと見られる「古文真宝」のダイジェスト版です。私が持っている版には「昭和十五年十一月二十八日 改修印刷」とありますが、改修前の初版がいつだったのかは記載がありません。また2007年に「修正版」に差し替わっているようですが、修正の内容についても確認できませんでした。修正版もISBNは変わらないようです。

この本は、漢武帝に始まって欧陽脩まで、漢文本来の注釈形式で収録した素晴らしい教科書なのですが、正直なところあまりに本格的すぎて、私は独力では読めません。上の写真は私が大学生のとき漢文の授業で使っていた本で、先生に教わりながら追いかける分にはそこそこ読めたような記憶があるものの、さっき改めて少し読んでみようとしたら、まったく歯が立ちませんでした。世の中便利になっており、有名な漢文なら少し調べれば日本語の解説を見つけられるので、まとまった暇ができたらカンニングしながら挑戦してみようかと思います。

もう一方の蘭亭序は、東晋の時代に王羲之が書いたと言われる(合作による「蘭亭集」という詩集の)序文で、おそらく世界でもっとも権威のある書道のお手本です。上の写真は天来書院の「シリーズ 書の古典」という版で、墨跡本と拓本の各1種を原寸大で掲載し、書き下しに現代語訳に豊富な骨書、字体と筆順の解説に節臨おすすめ集までついた、至れり尽くせりの内容です。私は高校生のとき書道を選択していたので、蘭亭序の全臨を課題でやったものの、その当時はこんなに素晴らしい教科書ではなかったように思います。私自身、毛筆の練習なんて軽く20年はしていませんが、ただ眺めるだけでも楽しめる本です。
2020.09.29 23:26 | 固定リンク | 教材の紹介
草枕
2020.09.17
岩波文庫版(ISBN 4-00-310104-9)

近代日本文学の特異点、夏目漱石の「草枕」です。

漱石に限らず、明治~昭和初期のいわゆる近代文学は、読書の対象として「難しい」部類のものが大半ですが、そのように感じるのは実は、本を読む「文化」が大きく後退した証拠でもあります。読み手が「読み解く努力」をすることは当然で、辞書をはじめとした準備もしっかりやっているだろう、という前提が通用しなくなったということです。

では現代の人が「昔の」作法で、努力してまで本を読んで何かご利益があるのかというと、私は「ある」と信じていますが、実際にやってみた人にしか理解できない話になってしまうでしょう。この壁だけは本人が自力で乗り越えるしかないものです。

しかしそれでも、理解や鑑賞に努力が必要だという考え自体は、普遍的なものです。ごく素朴な問題として、書き手がどんなに優秀で熱意にあふれていたとしても、勉強しておらず努力する気もない相手に伝えられることなど、たかだか知れています。文学作品に限らず、たとえば数学の知識などでも同様で、基礎知識がない相手には説明が成り立ちませんし、ただ教わろうとしているだけの生徒は結局知識をものにできません。

本の中身と関係ない話が長くなりましたが、この草枕には、読者の労に報いるだけの「用意」があります。一度や二度では「ご利益」のあるところまで辿り着けないかもしれませんが、お手軽な読み物にはない「宝」がちゃんと埋められています。その最初の挑戦を、そしておそらくは最初の挫折を、高校生くらいのときに体験しておくことは貴重な財産になるでしょうし、もちろん、大人になってから読み始めてもまったく遅くありません。

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-参考外部リンク-
夏目漱石 余が『草枕』 (1906)@「ゆっくり考える」 think0298
鈴木三重吉宛書簡―明治三十九年@青空文庫(四四一を参照)
2020.09.17 16:39 | 固定リンク | 本の紹介
おくのほそ道
2020.09.15
左から、おくのほそ道(付 曾良旅日記 奥細道菅菰抄)(荻原校注)(ISBN 4-00-302062-6)、芭蕉俳句集(中村校注)(ISBN 4-00-302063-4)、芭蕉七部集(中村校注)(ISBN 4-00-302064-2)、芭蕉雑記・西方の人(芥川)(ISBN 4-00-319021-1)
 
日本文学の最高傑作「おくのほそ道」と、俳句集ならびに俳諧集、芥川による評論「芭蕉雑記」です。

現代の日本人がなぜ古文を習うのかといえば「おくのほそ道」を読むためです。異論反論がどれだけあったとしても、私の意見は変わりません。この本を読んで、楽しみ、芭蕉というのは凄い人だなと理解できたなら、たとえ学校の古文のテストが何点であったとしても、その人はしっかりと古文を学べていますし、古文を習った甲斐は十分にあったと言い切れます。

いきなり古典を読み始めるのは踏ん切りがつかない、という人は、写真右で紹介している芭蕉雑記から読んでみるのもよいでしょう。実のところあまり読みやすい解説ではありませんが、芭蕉の凄味をこれほど的確に紹介している評論は他にありません。芥川が自ら「指物師」と称した、なにか変わったことを言ってやろう、面白いことを書いてやろうとしすぎる悪癖がいたるところに見られるものの、内容は素晴らしいものです。

おくのほそ道は国語の教材として見ても、伝統的な作法での読書というと大げさですが、注を参照しながら読み進めることの体験にうってつけです。上で紹介した岩波版は菅菰抄も収録していますが、本格的に読むなら2冊用意して並べてもよいでしょう。そもそもの話として、文学作品を教材にするなら、文学史上の位置付けがどうだとか、当時の社会的な意義がこうだとかいう話の前に、文学作品として中身があるものでないと本末転倒だろうというのが私の意見です。

なお本文の解釈にも諸説ありますが、平成八年の自筆本(いわゆる中尾本、真贋の議論は未決着)以降よく言われる、五十韻形式(懐紙1枚目の表に八句、裏に十四句、2枚目の表に十四句、裏に十四句で一巻五十句に、名裏の六句を加える)と謡の構成(序・破・破・破・急)を意識しているという見方が自然に思えます。

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-参考外部リンク-
おくのほそ道@Wikisource
芭蕉雑記@青空文庫
続芭蕉雑記@青空文庫
面八句を庵の柱に懸置@夕立鯨油
2020.09.15 15:57 | 固定リンク | 本の紹介

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